2週間待って、MRIを撮った。
これで、第5腰椎にヘルニアがでていることが明らかになった。
ガンなどの内臓疾患ではないことはわかった。
整形外科のMRIの診断技術は合理的で
素晴らしいものだと思う。
あの鮮明な画像に自分の病気を忘れて感心してしまった。
さて、MRIでは腰からきていると診断されたが、
いっこうに腰なんか痛くない。
お尻から下、足の先まである筋に沿って痛いのだ。
10年前の坐骨神経痛以来の足の甲に残る
ゆるいしびれもそのままだ。
後で腰の悪いことを納得したことだが、
整体による治療の過程で、
確かにぎっくり腰のような自覚症状として現れた。
6月20日から10日間の出張が控えていた。
歩くのもままならぬ状態であった前の出張では、
荷物を持つ自信がないこと、
毎日甘えていた家内がいない不安からキャンセルした。
整形外科では、腰椎にステロイド注射をして、
週に1回それを繰り返すと治ることもあるという。
なんでも試そう。その1回目をお願いした。
期待していた治療経過は次のようなものである。
注射のあとは、一時的に痛みがとれ、
次第に痛みが戻って次の注射を迎える・・・。
それを繰り返すうちに痛みの戻りが緩くなって、
最後に治るというシナリオだった。
注射の当日は食事抜きで臨む。
それなのに、1回目の注射でもなんの変化もない。
これでは治らないかも知れないと絶望感が襲った。
整形の手術もあるが、
治る人もいるし、治らない人もいると聞かされた。
決め手がないと思った時ほどの絶望感はないものだ。
このまま一生、痛みと付き合わなければならないのか?
そのころ家内は医者に行く時、
職場に行くとき、いつも付き添ってくれた。
家内がいないと本当に心細かったことを今も思い出す。
良く見捨てずに看病してくれたものだ。
気軽に感謝なんて言葉では言い尽くせない。
本当にあれもこれも、よく私の頼みを聞いてくれた。
家内は看病その他、
体力的、精神的にだいぶ疲れているはずだ。
職場に車で送ってくれたあと、
無事故で戻っているか私の方もいつも心配だった。
1回目の注射をした2~3日後、
職場へ送ってもらったあと、家内の無事帰宅を確かめた。
ところが、その日は、なかなか家に戻ってはいない。
交通事故の不安が頭をよぎる。
気の騒ぐもどかしい時間の後、
家内の方から仕事場に逆に電話が入った。
声を聞いて無事だったかとほっとする間もなく、
家内の声がなんだか弾んでいる。出先からだ。
本屋で、バラコンという整体法の本を見つけた。
治療所は職場から近い。
なによりも手術なしで治ると書いてある。
家内は既に電話で話してあるという。
「手術なしで治る」とおっしやるなら、
なんでもいいや、任せようではないか。
私の気持ちも開き直っている。
それが、自然良能会との出会いだった。
仙腸関節の不均整がこの病気の原因だという。
本当かどうかはっきりいって私にはわからない。
ただ、手術なしで治せるという
言葉をとりあえず信じることにした。
どうせ、思い通りにならない自分の体だ。
信じてみることにしましょう、
ということで治療日は毎日通った。
どんなにひどかったか、思い出すだけでもぞっとする。
立っていてもつらいのに、
寝ても痛くて上を向いて寝られない。
居ても立ってもいられないとは、このことの表現にぴったりだ。
横を向いても眠れない。膝の下に布団をかったり、
背中を高くしたり、家内は私のわがままと
区別のつかないような願いを本当によくかなえてくれた。
姿勢を変えるとほんの瞬時痛みが遠のく。
しかし、ものの10秒もしないで、
じわっと溜まってくるように痛くなってくる。
30分うとうとするのがやっと。
だから夜が怖かった。
眠れない夜の訪れほど恐ろしいものはない。
午前0時、1時によく床に着いた。
遅く寝れば夜が短くなる。
風邪なら、咳、頭痛、痰、熱の程度で
大方の症状を表現できるであろう。
坐骨神経痛は、とてもとても今でも
思いだすのが嫌になるくらい、
そんな数個の単語では足りないくらいいろいろあった。
自然良能会に通いだして、
整形外科から貰っていて毎日使っていた座薬を止めた。
痛みが終わったわけではない。
しかし、あまり眠れないので疲れる。
土曜日だけは座薬を使って朝まで眠ることにした。
先生、それも良かろうと言ってくださった。
月刊自然良能より