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(2) 膝、下肢が痛くてブロック注射 椎間板ヘルニア

会社で行う十数分間の朝礼の間立っているのが実につらかった。
「やっと」の思いで足を支えていたもので、
朝礼をなんとか無事に終えるたびに、
人知れず安堵のため息をついていたものだ。

この痛み、苦しみは(誰がわかるだろうか。
これは体験したものでないとわからない)
と胸の内で叫んでいた。

B病院では、いろいろと検査は行うが、
治療はというとこれといったこともなく痛みは同じだった。

それでも約一ケ月間通院した。
先生にはいろいろと聞いたが、誠意のある答えは返ってこなかった。
幾度となく不信感がめばえた。
なによりも不安だった。このまま私はどうなるのだろう・・・?

その気持ちは家内も同じで、付き添って病院ヘ来たときに
「どうなのか」と看護士らにあれこれ聞いていたようだ。

看護士は私の姿を見て「先生から手術といわれるのでは」
と言っていたようだが、はかばかしい答えはえられず、
やはり心配と不安であったのだろう「他の病院へ転院したらどうなの」とか、
「近くの病院へ予約できそうなの」と言ったものだった。

そんな時だった。地元新聞の情報誌に「自然良能会 骨盤調整」
の紹介記事が載っているのを眼にしたのである。

その中に、五味雅吉先生の著書「椎間板ヘルニアは手術なしで治る」
という本が出版されているとのことが記されていたのだった。

これが骨盤調整との出会いであり、私が西洋医学を諦めて、
東洋医学で治療することを決意するきっかけとなったものである。

私自身は、どのような治療をするのか不安であったことだし、
長く病院に通ってもいっこうに良くなる気配もなかったので、
どこか逡巡する気持ちもあった。

だが、家内は実に熱心だった。
ある意味では、私よりも大変だったのかもしれない。
家内も仕事をもちながら家事に犬の散歩、その上雨が降ろうが、
いかに自分が疲れていようが私の会社への送り迎え。

病院などへの通院にも付き添って、ストレスの発散どころか
自分の時間すらまるでもてず、しかもいっこうに良くならない
私の症状に対する心痛、不安も大いにあったと思う。

骨盤調整に懸ける気持ちは、藁にもすがる思いだったのであろう。
そこで私はインターネットで「自然良能会」を検索してみた。

同会は支部(治療所)を全国的に展開し、
五味会長の多くの著書や定期刊行物(月刊自然良能)もあり、
バラコンバンドという健康用具もある。
こうした団体なら大丈夫だろうと、
家内の判断に誤りがなかったことをあらためて認識したのだった。

二月上旬のある日の朝、支部に電話し予約をとった。
そして一人で行くのは不安だったので家内と一緒に同支部へ行った。

扉を開けて治療室へ入ると、明るく活気に充ちていた。
手前はゆったりした空間を取っていて、
奥の治療するところの仕切りにソファや、
窓際に治療機器が据え置かれていて、
空間は待合いの患者さんたちの予備運動用の場所になっていた。

同会がバラコンバンドと名付けた、
生ゴム製のチューブ状のバンドが多く置かれていて、
患者さんたちがそれを腰に巻いて腰をくるくると回したり、
頭にハチマキのように巻き付けたりしていて、
皆さん実に真剣な表情で思い思いの運動に取り組んでいたのだった。

先生は、私が治療室に入ってきた時から、
腰、股関節、膝の痛みがひどくて、歩くばかりか、
立っていることもできない状態をよく見ていたのである。

最初は問診で、かなりの時間をかけて症状の推移を聞き、
骨盤調整のなんたるかを詳しく説明され、
治療の方向づけを示されたのだった。

まさに微にいり細にわたるもので、腰にゴムバンドを巻き、
腰を右、左と回し、また歩き方などを見て、
私をうつ伏せにして触診し右仙腸関節が上にズレていると指摘された。

家内も先生に言われてさわってみて、
本来左右均等であるべき仙腸関節が
斜めに傾いでいるのがわかってびっくりしていた。

先生は「脊椎の全体がねじれているので、
それを正常に調整するには時間がかかり、
3ケ月以上は治療しなくてはならないでしょう。

そして、完全に治るには長い時間がかかると思わなくてはなりません」
と話されたのだ。
そして今日は、なによりも全身の筋肉が硬直しているので、
まず緩めないといけないと言い、実際の治療に入ったのである。

これまでは、ただ検査々々であった、
怖い造影剤注入も、痛いプロック注射も検査や一時しのぎの処置に過ぎず、
これといった治療を受けたことはなかった。
それどころか原因や治す方法についての具体的な説明すらなかった。

それが、自然良能会では椎間板ヘルニアのメカニズムまで明確に示され、
実際に治療を受けると身体が驚くほど楽になったのがわかった。

歩き方も違った。(この先生なら信頼できる)
私は骨盤調整に懸けてみようと決心した。
それから私の支部通いが始まったのであった。

月刊自然良能より