(2) 椎間板ヘルニアを骨盤調整で解消して

(前々からいっているように)初診の患者さんは五味会長が自ら診る。
五味会長は前会長と同じように、
初診の診断だけを自らして、
治療はスタッフに指示して任せてもいいのであるが、
同会長はまだまだ元気で、現場の第一線に立って頑張っている。

(骨盤調整の本当の技を患者さんに見せるのが、
会長としての当然のつとめであるから・・・)
という思いにはかならないからだ。
Hさんの治療も当然同会長がした。

右仙腸関節がズレて、骨盤が右土後方に傾いていた。
その影響で、反対の左仙腸関節もやはりズレを見せていた。

端的な表現でいえば・・・。
脊椎は、左右均等の(身体の土台ともいえる)骨盤に乗っているから
重い頭部を支えて直立しておられるのである。

ところが土台が傾けば、乗っている脊椎は不安定な状態になり、
それをなんとかバランスをとろうとすると、
不均等な重圧がとくに基部の脊椎4、5番にかかってくるのは、
力学的に見てもむしろ当然のことといえる。

その圧力が脊椎4番、5番の間の椎間板や、
5番と仙骨の間の椎間板を押しつぶし、
中の髄核が繊維輪を破って外に押し出されて、骨化する。

それがヘルニアなのである。

現代医学(整形外科)は、前々からいうように
骨盤(仙腸関節)の意義を頭から無視している。

それでいて、MRIなどの精巧な検査機器では
ヘルニアの画像がはっきりと映し出される。

だから我々自然良能会が常々述べている、
ヘルニア発生のプロセス(原因解明)を省略し、
「椎間板ヘルニアです」と病名を宣告する。

なんらかの理由でできたヘルニアが、
神経にふれて痛みを誘発するという。

「なぜ?」という説明抜きでだ。

先に述べた我々の発症プロセスでは、
骨盤変位がもたらす腰痛が本来の病名であり、
椎間板ヘルニアはそれに付随する現象に過ぎない。

ところがMRIなどで見ると、ヘルニアがよく見かける。
それで椎間板ヘルニアと病名を付ける。

そして、その突起した部分を削り収れば、
症状は解消すると説明し、激しい痛みを訴えると、
「手術をしましょう」と勧める。

手術をすれば症状が本当に解消するのか?
答えはNOである。
それでも(他に治す方法がないから)手術を勧める。

脊椎4番と5番のヘルニアを除去する。
しばらくは楽になった(ように)感じる。

だが、今度は5番と仙骨の間にヘルニアが再発する。

それもまた削り収ろうと言い、実際に切除する。
本来身体の屈仲、ねじりなどの身体の動きを潤滑にする
役割を果たしている椎間板が摩耗すると、
身体の動きがぎくしやくして十分に機能しなくなってしまう。

安易な手術は、危険性とそうした変調の二重の要因があるものだ。
医者はそれを承知で「手術をしなくては」という。

こうしたことは本誌でも何度も説明しており、
「間違った常識」がいまだまかり通っている以上は、
何度でも同じことを繰り返して説明しなくてはならない。

それが腰痛治療に携わっているものの義務である、
というのが五味会長の考えなのである。
このことは同会長の著書でも詳しく説明されている。

Hさんはその本を読んで、手術を拒んで骨盤調整を頼ってきた。
正しい選択だった。
仙腸関節のズレは、両足の長さの違いで一目瞭然である。

現代医学は骨盤の傾きや、
両足の長さがちぐはぐでも問題にしない。

五味会長が仙腸関節を調整すると、
長さが違っていた両足がピタリと合った。

それを見せられて、Hさんはびっくりしたが、
それ以上に驚いたのは、ウソみたいに身体が楽になったことだ。

まだ痛いが、調整後に治療室を歩いてみると軽く歩けた。
「症状は重度じゃない。しばらく治療するとよくなるよ」
五味会長は、当然だという口調で明言した。

それからHさんの東京総本部通いが始まったのだが、
仕事熱心な人だけに時間をなんとかやり繰りして、
週一、二回の通院となった。

(本当はもっと頻繁に通ってもらえれば、
それだけ治るのが早くなるのに)とスタッフのひとりはもらした。

しかも、少し身体が楽に動かせるようになると、
つい仕事に熱が入ってしまう人で、
それも患者さんの都合だからしかたがないといえるが、
惜しいよね、とスタッフは残念そうな口調でいうのだった。

症状が快方に向かうにつれて、
本来の明るい気性が出て、可愛い娘さんの話をすると、
うれしげにぱっちりした眼を細めていた。

ときには一進一退の時期もあったのだが、
今年に入って春先に家族で旅行に出掛けられるまでになっていた。

「なにしろ数年ぶりでしょう、感動しました。
娘も本当によろこんでいました」
とHさんは、治療に来たとき報告した。

そして、6月に入ると前々から行こうといっていた沖縄に、
数日間の家族旅行をしたのだった。

シーズンを避けてゆっくりと、
これまでどこへも行けずに寂しい思いをさせた家族に
サービスをしようというものだったが、
「こんなに良くなるとは当初は思えなかった」とHさんはいう。

現在も、月2回ぐらいは健康保持のためにと通ってくる。

月刊 自然良能より