さて、今回の症例のKさんは、
現在五十九歳、看護師さん。
初めて治療に来たのは、昨年の四月。
Kさんは苦しげな表情で、左足をひきずるようにそろそろと歩き、
ようやくという感じで治療室に入って来た。
訴えた症状は「股関節脱臼」。
左側の腰から膝にかけての激痛で、
部屋の中ならなんとか歩けるのだが、
外を歩くのはうまくいかず、やっとの思いで歩いているといった。
職場(病院)で鎮痛剤をもらって用いていたが、
さしたる効果もないとか。
それに背中も痛いと訴えた。
問診していたスタッフは、「Kさんは看護師さんであるのに、
勤めている病院の整形外科で診てもらおうという気は、
まるでないようだ」と、ちょっぴり疑問に思った。
「病院関係者ならば、重度の椎間板ヘルニアになり、
手術しかありませんねと整形外科の医師にいわれても、
十人が十人、手術しますという人はいません。
当事者の整形外科医でもそうだ。
自分がヘルニアに罹ると、きまって別の治療に頼る。
なんとも変な話であるが、それが現実なのだ」
しかしKさんは、整形外科の事情に精通して、
病院が駄目だから骨盤調整をたよってきた、
というわけでもないようだ。
なんというか、あっけらかんとしていて、
「自然良能会におまかせよ」てな感じなのだった。
しかし、そんなスタッフの疑問はすぐに解消した。
なんのことはない、Kさんは十三年前に、
自然良能会で治療を受けたことがあったのだ。
先天性股関節脱臼だという。それが出たのだ。
Kさんは四十代前半であったから、発症するのが遅かったのか否か。
といって、それがよかったというわけではない。
むしろ逆である。
先天性股関節脱臼という女性特有の症状については、
これまでにも機会あるごとに述べているので、
改めていうまでもないのだが、
自然良能会では股関節脱臼を難症で別格としている。
その最大の要因は、潜伏期間が長いということ。
先天性とは文字通り、
生まれながらにして股関節脱臼であったのだ。
おそらくお母さんが骨盤を歪ませていたのであろう。
傾いた骨盤であれば当然、
胎内にいる赤子は据わりが悪くなる。
逆子になるのも母体が骨盤を狂わせていたからだ。
でも逆子なら、妊娠中に骨盤調整を受け、
バラコンバンドを巻けば正常な位置におさまる。
しかし股関節脱臼は同じことのようだが、実態はまるで異なる。
衝撃の度合いが達うということだ。
生まれたばかりでも、股関節が脱臼していることはわかる。
その段階に正しい治療を施せば、後年になって「悲劇的」ともいえる
壮絶な思いをしないですむ。
ところが、現代医学の対処法では、
赤ちゃんの両足を直角に拡げた形にして、
コルセットで固定し、そのままで放置しておく。
乳幼児といえども窮屈で、苦しいのではなかろうか。
そうしてしばらくそのままにして置き、ほどよいところでコルセットをとる。
それが医者のいう「治療」であり、親御さんも安心する。
股関節脱臼そのものは、さしたるものでもないといえよう。
問題は発症までの潜伏期間の長いことだ。
早くても二十歳前後。多いのは結婚して、
子どもを生んだ後に出てくる。
バケツ型の男性の骨盤と違い、
女性の骨盤は子どもを産むために横に広いタライ型だから、
どうしても股関節が脱臼しやすくなっている。
それが出産のときは、ズレるまでに拡がるのであるから、
普通の人でも脱臼しやすいのに、
先天性というようにもともと脱臼しているケースは、
長年体内でマグマを溜めに溜めて火山が噴火するように、
最悪な形で表に出てくるのだから大変なのだ。
女性の出産後に発症する例が多いから、
平均値としてニ十代前後のころ、ほぼ三十年有余、
体内でさんざん悪くしたものが、
半端じゃない激痛、歩行困難という形で一気に出る。
さらに四十代、五十代に入って噴火するケースもある。
それだけ長い期間潜在していたのだから、
ドンと噴出したときはいかにすさまじいか。
その言葉では表せない苦しみは、当事者でしかわからないことだろう。
月刊自然良能より