骨盤調整法で私の人生が救われた
私と腰痛とのつき合いは、今から約23年前の16歳の時以来。
当時、農家の長男として、農作業の手伝いで重労働に明け暮れていた。
16歳の夏ごろ、腰に軽い痛みを覚えたが、無理をして手伝いをしていた。
そのうち痛みが左足外側膝から足首に走り、坐っていられなかった。
その数ヵ月後には左足全体が時々マヒするまでに。
そこで近くの県立病院へ。
約1ヵ月間ベッドで寝たきりで注射、けん引治療を
受けたが治らず翌年の1月に手術をした。
診断は椎間板ヘルニアで、手術は腰椎2番あたりの軟骨を削ったとのこと。
手術後1ヵ月間入院し、退院後すぐに学校に通いはじめたが、
痛みはまったく感じなくなっていた。
コルセットも数ヵ月ではずし、体育の時間も人並みに運動するようになった。
このときの手術で腰痛は完治したと思っていた。
事実、手術後35歳までの18年間、
体がだるいとか腰がやや重いとかはあったかもしれないが、
記憶に残るような足腰の痛みはほとんどなく、
まったく腰が気にならない状態で過ごしてきた。
高卒後、近くの会社へ勤めるようになったが、
相変わらず農作業を手伝った。
また、山が好きで、よく山登りをしたし、
有機野菜の栽培や日曜大工など、
常に休を動かすことに努めてきた。
定期検診でもいつも異常ナシで、
まったくの健康体として自信を侍っていたのだ。
ところが、悲劇は今から3年半前の35歳の時からはじまった。
当時、近くのデパートで、腰痛、肩こりなど
に効くふれこみで健康マツトレスを販売すべく、
店員が骨盤調整治療家を連れて各家庭を廻り歩き、
腰痛の治療を無料で行なっていた。
私の家にも店員が来て
「あんたは腰が悪いから、自分が治してやろう」と言う。
私が興味本位で「じやあ、やってくれ」
と気軽に承諾したところ、その店員が私を診て「右足が1センチ短い」
といって施術すること数分。
店員は「ほら、足の長さが左右同じになったでしょう」と、
意気揚々として帰って行った。
さて、その時は何とも感じなかったが、翌日からどうも腰がムズムズする。
とくに気にもとめないでいたが、それから約一週間後、
家内の実家ヘ稲刈りの手伝いに行ったときのことである。
稲の束をひょい大局へ担ぎあげた途端、腰にガクッと音がしたのだ。
激痛ではなかったが、近くの整形外科でレントゲンを撮って診てもらった。
しばらぐ安静にしているように言われたので
数日会社を休んで寝ていたが、どうも歩くとおかしい。
会社に出ると同僚が「体が曲がっている」と言うし、
家では家内が「あなた、背骨が曲がっているよ」と言う。
痛みはさほどないのに、歩くのがおかしいのだ。
早速、その店員を呼んだ。「自分がこうなったのは、
あんたが腰のタガをゆるめたのが原因ではないか」
と訊ねたが、店員は「いや、それは違う。
元々腰が悪かったからで、いずれこうなったはずだ」
押し問答の末、とにかく専門の治療家を連れて
来てくれることでその場は収まった。
その一週間後、他県から来ていた治療家に診てもらった。
その治療家いわく
「手術した人は金具で固定していることがあるので、簡単には治せない」
その日は軽く調整してもらっただけだった。
その後、整形外科に行き、レントゲン写真を見せてもらって、
金具が入っていないことを確認。
1週間後に再びその治豪家に調整してもらったところ、
素人目にはほとんど体が真っすぐになった。
痛みもなくなったので、これで治ったものだと思った。
実は、この時、その治療家に
バラコンバンドの腰回し運動をするよう指導されたが、
運動するとかえって腰(腰骨上部付近)が痛くなるので、
結局、運動は続けなかった。
それから何日か経ってから、段々と腰(腰椎五番付近)に
ジクジクするような痛みを感じ、整形外科に通院。
半年経っても痛みは取れなかったが、さほどたいした痛みではなく、
春になって山歩きに精を出すうちに痛みはまったく消えてしまった。
それから1年半、医者にかかる必要はまったくなかったが、
37歳の夏、再度大きな波がやって来た。
月刊自然良能より